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コラム

大阪ロマン!想像力を掻き立てる中之島の「橋をめぐる旅行」

大阪に旅行に来たら、自分だけのディープな体験がしたいですよね?
今回は大阪駅から気軽に観光ができる、おすすめスポットを紹介します。

そのおすすめディープスポットとは「中之島の橋」
中之島とは、江戸時代から大阪の商業の要として栄えてきた全長約3kmの中州を指します。

想像力を掻き立てる中之島の橋の過去と未来。
歩くと見えてくる、大阪の歴史的素顔

中之島の「橋をめぐる旅行」へ出かけましょう!

大阪ロマン!想像力を掻き立てる中之島の「橋をめぐる旅行」
これを読むと何がわかる?
  • ・大阪駅から徒歩でも中之島に行けることがわかる
  • ・中之島の橋の歴史と、歴史的建造物に一度でたくさん出会えることがわかる
誰におすすめ?
  • ・短時間で大阪の歴史を体験したい方
  • ・大阪散策に興味がある方
  • ・橋が好きな方

1.大阪駅を出発。ゆっくり歩き、商業の中心地へ(約1km)

大阪駅

大阪駅から歩いて中之島まで行ってみました。
大阪駅の南側を出て、そのまま真っすぐ「四つ橋筋(国道25号)」を進みます。

少しずつ、空気の湿度が高くなり、風が冷たくなってきているように感じます。

四つ橋筋(国道25号)

その先には「渡辺橋」が控えています。
ゆっくり歩いても15分ほど(約1km)で到着します。

2.江戸時代に大阪の交通を支えてきた「渡辺橋」と「肥後橋」を渡る

渡辺橋

渡辺橋

「四つ橋筋(国道25号)」を進むと、なだらかな上り坂の先に「渡辺橋」が表れます。
「渡辺橋」は江戸時代から大阪の商業の中心地として、また、諸藩の蔵屋敷の交通を支えるインフラとして長らく大阪を支えてきました。

「明治十八年の淀川洪水」によって木橋は流されてしまい、イギリスから輸入した鉄橋に替えられたり、その後も何度も架け替えられています。
現在の渡辺橋は、昭和41年に完成しました。

アクセス
・京阪中之島線 渡辺橋駅
・OsakaMetro四つ橋線 肥後橋駅

明治7年、すでに造られていた大阪駅へのメインストリートの通りとして「肥後橋」「渡辺橋」は早く鉄橋化されました。
確かに歩いてみると、まっすぐ大阪駅とつながっていることが分かります。

肥後橋

設立年:昭和41年
アクセス
・京阪中之島線 渡辺橋駅
・OsakaMetro四つ橋線 肥後橋駅

3.土佐堀川沿いにひっそりと佇む「林市蔵先生肖像」民生委員制度を創設した偉人でした

三井住友銀行大阪本店

肥後橋を南に進むと、土佐堀通沿いに品格の高い「三井住友銀行大阪本店」が見えてきます。大正15年に建てられ、2015年5月、無事リニューアル工事が完了したばかり。

近くで見ると、建物の細やかな装飾に気がつきます。
まるでそこだけヨーロッパの街角のような雰囲気です。

林市蔵先生肖像

人通りも多くない土佐堀通にひっそりと立っているのが「林市蔵先生肖像」

林市蔵先生 は、病弱な熊本藩士の子として生まれ、三重県、山口県、大阪府知事を歴任。大阪府知事時代には、方面委員(のちの民生委員)制度の創設者として人々から尊敬されました。

それを知ってからもう一度肖像を見ると「先生」という呼び方に、愛情を感じてしまいます。

4.大阪繁栄の中心地「淀屋橋」と、大正時代にデザインコンペが行われた「大江橋」

淀屋橋

淀屋橋
架橋した豪商「淀屋」の名前にちなむこの橋は、江戸時代から現在に至るまで繁栄の中心地でした。そんな淀屋橋も、実は3度の架け替えが行われているのです。

①明治18年(1885)の大洪水で淀屋橋は流失。橋脚が鉄杭に
②明治44年(1911)、淀屋橋は再び架け替えられる(市電第3期線堺筋線の建設)
③大正11年(1922)から始まった第1次都市計画事業の対象となり、昭和10年(1935)現在の淀屋橋が完成

この橋は、江戸時代に淀屋が「諸大名の蔵米販売を一手に引き受けた」ことをきっかけに、発展を遂げた地域です。まさに「天下の台所」が生まれた場所。
歩くことで、当時の様子を想像する楽しみが生まれます。

アクセス:御堂筋線 淀屋橋駅
出典:大阪市ホームページ(https://www.city.osaka.lg.jp/kita/page/0000000943.html

大江橋

大江橋
大江橋は、大正10年(1921)、大阪を近代都市に改造するため、第1次都市計画事業によって架けられた橋のひとつです。
大正13年 (1924)、橋としては異例のデザインコンペが行われました。そして、昭和5年(1930)に着工、同10年(1935)5月に完成。

確かに、どっしりとした存在感があり、美しいデザインです。

5.かわいい「水晶橋」からライオン像の「難波橋」へ。中之島を一望できる「天神橋」

なぜ「水晶橋」という名前が付いたのでしょうか?

それは、あまりはっきりとは分かっていません。
「水都大阪が繁栄するようにという願い」という説や「橋の照明の光が川面に映る様子」という説など。

また、水晶橋は最初は橋ではなかったのです。
昭和4年に完成したこの橋は「河川浄化を目的として建設されたゲート」でした。
そんな経緯も、水晶橋のかわいさを一層際立たせています。

難波橋

難波橋
幕府直轄の公儀橋だった「難波橋」には、2体の石造のライオン像が建っています。
実際に見た時、ちょっと今までの橋と違う雰囲気に驚きます。

このあたりは、江戸時代から行楽地として有名でした。
中之島公園を挟んで対岸が見える景色は、いまでも絶好のカフェ・飲食エリアになっています。

アクセス:地下鉄堺筋線・京阪本線 北浜駅

天神橋

天神橋
この橋の上から西側を見ると、中央公会堂などのいままで歩いてきた中之島の全体を見ることができます。天神橋も他の橋と同じように「明治十八年の淀川洪水」により鉄橋化されました。

高層ビルがまだなかった頃の中之島の風景が、透けて見える気がしました。

アクセス:OsakaMetro堺筋線・京阪本線

6.まとめ:大阪の歴史を感じ、記憶に残る大阪旅行を

大阪の歴史を感じ、記憶に残る大阪旅行を

数々の災害を乗り越えて、架け替えられてきた橋の歴史。

実際に中之島に架かる南北の橋を歩くと、車が普及する前の中之島の雰囲気を疑似体験することができます。

そして、堂島川土佐堀川の両側に残る歴史的建造物と、そのそばでひっそりとたたずむ歴史的人物の史跡を確認することができます。

このダイナミックな変化の視覚的蓄積は、中之島だからこそ味わえるもののひとつ。
「江戸時代も明治時代もそんなに遠くない」と感じるのでした。

2時間あれば、大阪駅を出発し、たっぷりと中之島を散策し、大阪駅へ戻ることができます。もちろん電車やバスなどを使えば、もっと短時間で大阪旅行を楽しむことができますよ。

中之島の「橋をめぐる旅行」

おすすめの大阪旅行です。

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ライター:島津

ライター:島津男性 | 30代

最近、カメラを購入し、撮影をはじめました。
休みの日は、子どもたちと一緒に近くの公園や喫茶店、イベントに参加。撮影の腕を磨く日々です。
コーヒーが好きな30代男性。京都在住。

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ライター:つな芳女性 | 20代

アニメの聖地巡礼が大好きな20代女子。国内海外問わず一人でどこでも行きます!「この場所にこんな魅力が!?」と、新たな発見に繋がるような記事をお届けします。

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ライター:なかお男性 | 10代

父親の旅好きが遺伝し、生まれた時から旅が好きで、最近は日帰り旅行にはまる。記事を通して「旅」の楽しさを伝え、多くの方に最初の一歩を踏み出してほしいと考えている。

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ライター:Ayaka.K女性 | 20代

失恋をきっかけに、旅に行きまくる24歳。
大好きな彼を忘れるために、新しい土地で新しい自分を探しています。
退屈な日常を忘れさせる旅を皆さんとシェアしたいです。

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