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コラム

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内子・五十崎・大洲、愛媛県の町並みを巡る

愛媛県松山市の道後温泉から、クルマで国道56号線、旧大洲街道を南下し、内子(うちこ)・五十崎(いかざき)・大洲(おおず)・肱川(ひじかわ)と訪ね、小薮温泉(こやぶおんせん)で1泊してきました。昔ながらの芝居小屋内子座のある「内子」や観光に力を入れている「大洲」は、古い町並みですが、整備されていてそれなりに観光客が訪れていました。「五十崎」や「肱川」は同じような古い町並みが残っていますが、ほとんど人がおらずひっそりとしています。大正時代に建てられた木造3階建ての本館が残る「小薮温泉」へは久々の訪問でした。

1. 木蝋の生産・流通で栄えた内子

内子・五十崎・大洲、愛媛県の町並みを巡る

内子町へは道後温泉から松山自動車道を使うと約50分で到着します。今回はあえて国道56号線を走り、途中道の駅などに寄り道をして90分ほどで内子に到着しました。
内子は江戸時代より木蝋(もくろう)の生産・流通で栄えた町です。木蝋は櫨(ハゼ)という木の実から抽出したろうで、和ろうそくをはじめ、クレヨン、色鉛筆、医薬品などさまざまな分野の製品に使われています。
お相撲さんの鬢(びん)付け油も原料は今でも木蝋です。
内子では周辺地域に櫨が植えられ、明治時代には木蝋を扱う大きな商家が立ち並んでいました。
ろうの原料は大正初期ごろから、海外から入ってきた安い石油由来のパラフィンにとって変わられ、木蝋の生産は徐々に落ち込んでいきます。賑わっていた商家も徐々に衰退していき、第2次大戦後になって内子はすっかり寂れた町になってしまいました。

内子町公式観光サイト「内子さんぽ」
問い合わせ先:0893-44-3790
アクセス:
鉄道/JR予讃線内子駅下車
車/松山自動車道内子五十崎ICから国道56号経由約5分
URL:内子町公式観光サイト「内子さんぽ」

1-1. 明治時代にタイムスリップする「内子の町並み」
明治時代にタイムスリップする「内子の町並み」

1970年代になって国の文化財として昔ながらの町並みを保存する動きが活発化、昔のままの町並みが残っていた内子町は1982年(昭和57年)に伝統建造物群保存地区に指定され、再び脚光を浴びるようになりました。
内子の八日町・護国地区には当時の屋敷や蔵などが多く残っています。壁など剥がれたところは補修され、明治時代の姿ままよみがえりました。珍しい淡い黄色をした土壁の家も目につきますが、これは地元の土を使って塗られたもので、白壁とのコントラストがとても美しい町並みです。

1-2. 今でも芝居の公演がかかる「内子座」
明治時代にタイムスリップする「内子の町並み」2

「内子座」は1916年(大正5年)に建てられた芝居小屋で、現在も現役の劇場として使われています。建物は木造2階建てで、回り舞台や花道を持つ本格的な造りです。客席は1階(枡席=ますせき)と2階(大向=おおむこう)があり、天井が高く木造とは思えないほど広々とした空間になっていて、当時の建築技術の素晴らしさに驚かされます。
建築当初は歌舞伎をはじめ芝居や映画の上映などが開催され、町民の憩いの場所でしたが、町の衰退とともに、芝居小屋としての機能を失い、第2次大戦後は商工会館や映画館に転用されたこともありました。ついには老朽化のため取り壊しという話もあったのですが、町並み保全の高まりとともに、改修工事が施され、1985年(昭和60年)に芝居小屋として復活を遂げました。2015年(平成27年)には国の重要文化財に指定されています。
「内子座」は見学が可能で、客席や舞台だけでなく、奈落(舞台下)の回り舞台やセリ(役者を舞台へセリ上げる昇降装置)の機構なども見ることができます。

明治時代にタイムスリップする「内子の町並み」3

内子座
愛媛県喜多郡内子町内子2102
電話番号:0893-44-2840
営業時間:9:00~16:30
定休日:年末年始(12/29~1/2)
見学料:大人400円、小・中学生200円、幼児無料

1-3. 大凧の合戦で有名な五十崎

内子から五十崎を抜けて大洲に向かいます。
五十崎は現在内子町と合併して内子町五十崎になっていますが、古くは和紙製造で栄えた町でした。また、残念ながら見たことはないのですが、縦7m、横6mの大凧による “いかざき凧合戦”は400年の歴史をもつ伝統行事で、5月5日には500枚もの凧が空中で合戦をする様子は壮観でしょう。
五十崎にも昔ながらの町並みは残っていますが、内子ほど整備されていないため訪れる人はほとんどいません。

2. 伊予の小京都・大洲

大洲は“伊予の小京都”と呼ばれる、大洲城下の町並みが残る風光明媚な町です。江戸時代より手漉き和紙や木蝋の生産が盛んで、明治時代以降は西伊予地方の近代化産業の中心地として栄えました。
中心部には肱川が流れ、河口に架かる長浜大橋は、1935年(昭和10年)に完成した日本最古の可動橋で、国の重要文化財に指定されています。

大洲市観光協会「大洲」
問い合わせ先:0893-24-2664
アクセス:
鉄道/JR予讃線伊予大洲駅下車
車/松山自動車道大洲IC下車
URL:伊予の小京都「大洲市観光協会」

2-1. 城下町の風情が残る「大洲の町並み」
城下町の風情が残る「大洲の町並み」

大洲城の城下町は戦争や災害の被害を免れて、現在まで古い町並みが残っています。特に武家屋敷と商家の境目にある家並みは、道路を挟んで全く違う造りの建物が並び、独特な風情を醸し出しています。この通りが1966年(昭和41年)に放映されたNHK朝ドラ「おはなはん」(主演:樫山文枝)のロケ地となり、全国に大洲が知られるようになりました。

2-2. 明治時代の洋館「おおず赤煉瓦館」
明治時代の洋館「おおず赤煉瓦館」

おはなはん通りをはじめとする町並みは、古い日本家屋が並んでいる通りですが、少し離れた肱川沿いには明治大正に建てられた赤煉瓦造りの洋風の建物があります。元は大洲商業銀行として1901年(明治34年)に建てられたものです。
現在は「おおず赤煉瓦館」として特産物販売所や休憩所として使われています。別館は有料の博物館です。

おおず赤煉瓦館本館
愛媛県大洲市大洲60
開館時間:9:00~17:00
電話番号:0893-24-1281
休館日:12月29日~31日
別館は入館料:大人200円、こども100円

3. 肱川町から「小薮温泉」へ

肱川町から「小薮温泉」へ

大洲から本日の最終目的地「小薮温泉」に向かいます。
国道197号線を肱川沿いに上っていきます。途中旧肱川町(現大洲市肱川)から山間に入ります。旧肱川町は、昭和の時代に交通の要としてバスターミナルがあったほどの賑わいを見せていましたが、今は見る影もありません。しかし、その時代の名残はあちこちに残っています。
小薮温泉には大洲から30分ほどで到着しました。

3-1. 木造3階建ての温泉宿「小薮温泉」
木造3階建ての温泉宿「小薮温泉」

「小薮温泉」の歴史は古く、本館の建物は大正時代の中頃に建てられたものです。木造3階建てで、2000年(平成12年)には国の有形登録文化財に指定されています。温泉はアルカリ性単純温泉で、美人の湯として人気です。
実は2008年頃に一度泊まっているのですが、そのときに女将が「本館は老朽化して少しゆがんでしまって、ふすまなんかが閉まらなくなっちゃった。直すも費用が膨大にかかるので、崩れるのを待つしかないんです」と寂しいことをお話しされていたので心配していましたが、10年ぶりに訪れてちゃんと補修もされているので安心しました。
いい温泉に郷土料理を堪能させていただき、翌日は内子町の「屋根付き橋」を見学して、帰路につきました。

木造3階建ての温泉宿「小薮温泉」2

小薮温泉
愛媛県大洲市肱川町宇和川1433-1
電話番号:0893-34-2007
宿泊料:1泊2食付き1人11,150円~
日帰り入浴:10:00~18:30 大人500円、こども250円
休館日:第2第4火曜日(祝日・繁忙期は営業)
アクセス:
鉄道/JR予讃線伊予大洲駅から天神行きバスで鹿の川大橋下車約2km
車/松山自動車道内子五十崎ICから約20分
URL:小薮温泉

4. 珍しい「屋根付き橋」のある風景

珍しい「屋根付き橋」のある風景

「屋根付き橋」は橋脚の腐食を防ぐために橋に屋根を付けたもので、愛媛県の内子や大洲には10以上現存しています。そのうちのひとつ「田丸橋」は杉皮葺きの木造橋で、1943年(昭和18年)に再建されたものです。本来の目的は“橋”ですが、屋根があるので倉庫としても使われていたそうで、その頃の暮らしぶりは屋根裏に飾られている板絵でうかがい知ることができます。「田丸橋」はNHKで2009年(平成21年)から3年間にわたって放映されたドラマ「坂の上の雲」(主演:木本雅弘)のロケ地になりました。

5. 時代から取り残されても何かホッとする穏やかな町並み

愛媛県の内子・大洲・小薮温泉と明治大正時代にタイムスリップしたような町並みや建造物を訪ねてきました。今になってまた脚光を浴び観光化された町、そのまま忘れ去られてしまった町などさまざまでしたが、時代の流れを肌で感じる旅になりました。ちなみに旧肱川町には私の親戚がいて、肱川町の画像はその親戚がかつて開いていた診療所の建物です。

のりじゅん

のりじゅん男性 | 60代

フリーライター。旅行好きがこうじて、40歳を過ぎてから旅行雑誌の編集者になり、全国を走り回っていました。

最終更新日:2020.06.30

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